大橋川から見る大山
アクアプラザいしはら店舗前は、国道9号線で、JR山陰本線と、市道が並行して走っています。
前の踏み切りを渡って市道に出ると、目の前に川幅100m程の大橋川がゆったりと流れています。
約700m程上流で朝酌川と、大橋川の途中から二又に分かれていた剣先川との三つの川が再び合流
します。地形的に日本海、中海、大橋川、宍道湖等は海抜差がほとんどないので宍道湖からの排水がかなり悪く感じます。いまの護岸の高さまで余り余裕はなさそうです。
ここで、ちょっとだけ大橋側の治水の歴史を・・・
大橋川のもたらす文化と、治水事業は島根県にとっても莫大な費用を必要とする、大事業です。
1972年(昭和47年)7月斐伊川上流で2日間に350mm以上の大雨のため、下流である松江市の市街地は
一週間以上冠水、被害額80億円以上(建設省他)のものすごい被害をもたらしました。
2006年(平成18年)7月にも6日間で約410mm近い集中豪雨の為大被害、橋北、橋南、玉湯町、美保関町に床下、床上浸水土砂崩れ等ありました。
このため1979年(昭和54年)斐伊川、“神戸川の治水に関する基本計画”
いわゆる
3点セットと呼ばれる物で
1.上流部の斐伊川の尾原ダム建設、神戸川上流の志津見ダム建設
2.中流部における斐伊川放水路事業・・・斐伊川から神戸川に水を流す放水路をつくり
神戸川を広げる
3.下流部における大橋川の改修工事計画
が策定され
1982年(昭和57年)国が矢田地区の測量、の用地買収
10月には下流である、境港市、米子市の両議会が水害の危険が増すとのことで反対決議
鳥取県が国と島根県に大橋川改修事業の測量と用地買収の中止を要請
そのため、この事業は、20年間の長きにわたりストップしていましたが
○上流部のダム建設、中流部の放水路で中海の水位は下がる。
○鳥取県の懸念を解消するため上流、中流の整備を進めると言うことで
2001年(平成13年)島根鳥取両県知事会談で、測量、調査、設計について条件付で鳥取県側が合意
この間、2006年(平成18年)7月集中豪雨のため大被害ありました。
平成21年12月島根鳥取両県知事が大橋川改修着手に合意
平成22年島根県知事が、出雲市長に大橋川改修が完了しない限り放水路への分水は行わないとの確認
事項の見直し協議を申し入れ
平成23年9月出雲市長が、大橋川改修の完了を待たず、放水路への分水受け入れを表明
すでに
尾原ダムは1991年(平成3年)4月着工~2012年(平成24年)3月完成(総事業費1510億円)
志津見ダムは1986年(昭和61年)4月着工~2011年(平成23年)6月完成(総事業費1,450億円)
斐伊川放水路は1994年(平成6年)5月起工~2013年(平成25年)6月完成(総事業費2,500億円)
残る大橋川改修工事は
平成23年8月から追子地区着手平成57年の中断より29年ぶりに事業が動き出しました。
こんなわけで、22年に矢田で、国交省、島根県、松江市、市会議員、町民の大規模の説明会があり、23年7月現在矢田側は、護岸になる部分の大規模な遺跡発掘調査を進めているようです。
やむを得ず立ち退きを迫られた方々。先祖伝来の土地を離れる思い。松江の水害を軽減するためしかたがない。財源確保が難しければ改修が進むのかの不安。ダムと放水路が完成すれば大橋川の改修は必要ないのではないか。恩恵を受ける松江市が何もしないわけにはいかない。松江は出雲市との約束をまもれ。とさまざまな意見がある。(以上は山陰中央新報2013年6月7日の第一面の記事より)
以上は概略で、関係機関、新聞社他のデータですが、間違った記述があればご容赦ください。
流れに沿った東側には中海大橋が、そしてその後方にはくっきりとした大山の雄大な姿を見ることが出来ます。
中海の河口から1500mほど大橋川をさかのぼった地点、川幅約180mに広がった大橋川の市道川岸から約20mほどの川の中に小さな島があり、推定ですが、約2,200㎡ほどの塩楯島があり、手間天神社が祀られています。
島全体は20m程の高さがあるでしょうか?うっそうとした樹木の覆われ、正面から山の上まで、所どころ急勾配の石段が見えています。朝のウオーキングで前を通りかかると、島に向かって礼拝している人などもいたりします。
なにせ、シチュエーションが良いのです。
早朝、昇っていく太陽の力強い斜光線に、浮き上がった鎮守の杜や大橋川は最高!
しだいに橙色の朝日につつまれ、朝の空気とともに今日一日を気持ちよく過ごせるような爽やかな気分にさせられます。
冬季の早朝、渡り鳥の雁がV字に編隊を組んで鳴き交わしながら東の空に飛行しているのを見ると、最高に気分が高揚します。一日中ハッピーです。
解決しなければならない難しい案件があるとき、今日一日は大変と思えるときは、特に早起きして朝の空気を吸って、朝日に当たってウオーキングしながら、必ずうまい具合になんとかなるもんだ。いままでもそうしてやってきたんだものと自分に言い聞かせます。
島は岸から目と鼻の先ですが、船に乗らないと島に渡れないので、一般の人には近づく事はできません。
御祭神は、学問や、医学の神様で、七福神の中の商売繁昌の神様だそうです。この事に付いては((有)角田工務店・・・松江市東出雲町・・・に詳しく載っていましたので引用させて頂きました。)
東側の下流から北西の方角を見渡すと、朝酌側の“矢田の渡しの渡船が見えてきます。
又、絶好の釣り場としても知られています。
時折、魚が水面から飛びはねると、あちこちで連鎖がおきます。
今のはでかかった!こんどはどっちの方角で飛び跳ねるかな?とおもいます。
釣りの話については詳しくないので、そちらの方面のサイトを探してください。